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纏向(まきむく)遺跡の調査開始

約2000年前の日本の首都?“邪馬台国”がどこにあったか?
それは 考古学や科学がどんどん進歩してきた今も謎で?
唯一 邪馬台国の事が書かれている中国の魏志倭人伝を
様々な人達が、必死で解読しているのだけど、
これがメチャ、メチャわかりにくい。

とうとう邪馬台国の候補地は日本中に・・

先日、吉永さゆり・竹中直人で 盲目の宮崎康平さんの
まぼろしの邪馬台国の映画が公開されて(これは島原)
又 邪馬台国論争が 盛り上がっています。

そんな中 今月から 邪馬台国の最有力候補地とされる
奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡(2世紀末~4世紀初め)の
以前、神殿跡の一部が発掘された遺跡の中心部が
学術調査される事になりました。

28d33017.jpg






(手前 箸墓古墳 奥 纏向古墳群)

もしかしたら この神殿で 卑弥呼が祭祀を行っていたかも?と

今までの調査では 
卑弥呼(生年不明~248死去?)の時代とほぼ一致する
3世紀前半の5m四方の掘っ立て柱建物跡、
ほこらのような建物跡や柵等がみつかっているそうです。
この遺跡の中には 卑弥呼の墓という説が根強い
箸墓古墳(全長280m)もあります(写真手前の前方後円墳)
春になったら ちょっとハイキングがてら行ってみようかな?

きっとこの辺りは  つくしや タンポポが たくさん見れるでしょうね。

卑弥呼の時代にも つくしやタンポポがあったのかな?
 
私は もちろん邪馬台国九州説です?
実は全然わからないのだけど
以前、大分の宇佐神宮に行った時 ここだとピンときました? 
 
飯塚の友達は 奴国(福岡)の真東は飯塚でしょ だから飯塚!
名前まで いい飯塚でしょ!とか言ってました。
みんなの邪馬台国は どこでですか?


      

 ( これは 同級生が書いた すごくおもしろい考古学の本です)
 
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