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邪馬台国に纏向が 王手か?

昨日、大阪は 夕方から 雷がなって 激しい雨風になりました。
そのとたんに 奈良の纏向が邪馬台国!というニュースが速報で 入って

えーーーーやっぱり畿内だったのーーと ガーーン!

もしかして この雷は 邪馬台国のせい?卑弥呼のせい?

奈良県 桜井市の 山辺の道(古代の道)に沿った
卑弥呼の墓かも?と 言われている
日本で 最も古い 巨大な前方後円墳、
箸墓古墳の 近くにある纏向遺跡が
以前から 発掘調査されていたのだけど

そこから 柱の跡や 土器が 次々に掘り出されました。

2c0180d4.jpg  黄色いポールが 柱の跡
 
この 柱の跡を 繋いでみると
  大きな宮室が 3つ 東西に並んでいるのが
  わかるし、 楼観の跡や
  方形に城柵が あったのも わかるそうです。
  (読売新聞の写真)
又 出てきた たくさんの土器を調べてみると
関東から九州までのものが・・
きっと 地方からの贈り物を 入れてきた土器に違いないと。

これらは、魏志倭人伝に書かれている
卑弥呼が住んでいた宮殿の様子と一致するし
土器からわかる年代も 300年頃で 一致する!

20年前に 同じように 宮室 楼観 城柵が 発見された吉野ヶ里遺跡より
年代的にも 卑弥呼に近いと 、
(吉野ヶ里は卑弥呼より100年早いと言われている)

えーーーーーー本当に 邪馬台国ですかあああーーーーー

今年の8月に 用事がてら 箸墓古墳を 見に行ったのだけど
真夏というのもあったけど 大きくて うっそ―としていて
なんだか 男性的????
箸墓古墳
DSCF1104.JPG  私のカン??では
  卑弥呼ではなく 男の大王が
  眠っているような気がしました。


だから これは 卑弥呼の古墳じゃないと思う???と
勝手な事を思いましたけど。
カンより もちろん 発掘調査ですよね。

DSCF1111.JPG
 でも、箸墓古墳は 宮内庁の管轄
 だから 発掘調査は 無理?
 なのかな??


1800年前にあった邪馬台国 そこに 静かに眠っている卑弥呼
幻だった 邪馬台国が 本当に 見つかるのか
嬉しいよーな 寂しいよーな?

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